「野菊の墓」の野菊って・・・ヨメナ?
『道の真中は乾いているが、両側の田についている所は、露にしとしとに濡ぬれて、いろいろの草が花を開いてる。タウコギは末枯うらがれて、水蕎麦蓼など一番多く繁っている。都草も黄色く花が見える。野菊がよろよろと咲いている。』
上の文は、伊藤左千夫の「野菊の墓」の一節ですが、舞台こそ矢切と,私の住まう舩橋とは異なってはいますが、今の時期、早朝の田圃の様子は、文のとおりの光景なのです。
文中の「タウコギ」は滅多に見られませんが、未だ休耕田では、探せば観る事が出来ます。「水蕎麦蓼」とあるのは、ミゾソバのことでしょうが、これは至る所で一面蔓延っています。
「都草も黄色く花が見える」とありますが、〝黄色く咲く花〟が紫色のミヤコグサを指しているとは?・・・それにミヤコグサの花期は春なので、何か別の植物を指すのかしらと思うのです。
作品では〝野菊〟という漠とした表現ですが、野菊という種類の菊は無いのです。一般ではヨメナ、ノコンギク、ユウガギクやシラヤマギク等をひっくるめて野菊と呼んでいるようです。
しかし、これらの花は、見分けにくく悩まされます。
もう10年近くになるでしょうか,知人から「伊藤左千夫の記念館で貰ってきたのがこれ。これが書かれている野菊よ」というキクの株を貰いました。それは濃いめの紫色のノコンギクAster microcephalus var. ovatusです。以来毎年、「 “野菊の墓”に書かれている野菊ですって!!」と説明していたのです。
しかし、そのノコンギクは、あまりに美しいし、ノコンギクの園芸種「夕映え」
Aster microcephalus var. ovatus ‘Yubae’という品種の様にも見えるのです。
私には、もっと野性味のあるヨメナAster yomenaかユウガギクがふさわしいように感じられるので、現場へ行って確認しようと、思い立って矢切まで行って来ました。
市川からバスで、最寄りのバス停迄。そこから渡し場までは3km。(トホホ・・・結構な距離でした)途中記念碑があったので、〝友人の話していた記念館は此処かな〟と思ったのにあったのはのは石碑のみ。
ところが、周りにはキクの1本も無いのです。
しかし立て札には、解説がありました。それによると、カントウヨメナ、ノコンギク,ユウガギクなどを指しているそうです。
映画やドラマにもなった舞台なのに、どなたか,当時「野菊」と呼ばれていた植物を,保存、栽培していらっしゃる方は無いのでしょうか?
この事を友人に報告したら、ややあって彼女は「私が思い違いしていたわ。私が行ったのは、茂原の伊藤左千夫の生家。直ぐ近くに記念館か資料館があって、そこで貰ってきたんだったわ。」と、思い出してくれました。
ならば、一度成東まで行ってみなくては!!
昔の映画のポスターで確かめてみると,どうも花色はもう少し薄い紫のヨメナかノコンギクが使われていたようです。
この日、私が目にしたのは、矢切の渡し場の木陰で、おそらくヨメナと思えるのが、たった1本だけ。
“野菊がよろよろと咲いている”という描写にも、やはりヨメナであったろうと思えるのです。
上のヨメナは、矢切の渡し場の1本ですが、船橋の田圃の周りでは下図のように咲いています。
よろよろと・・・と見えませんか?
これでは摘んで束にしても,映画では見栄えしないでしょうから、花数の多くつくノコンギクが使われたのだろうと想うのです。
ヨメナは、林の縁や田の畔の湿り気のある場所に生えていますし、秋になると花茎の先が枝別れして花を付けています。
一般には、ノギクと呼ばれている多くは、実際には花が薄紫のヨメナやノコンギクであることが多く、薄紫色のこれらはAsterの仲間であって、本当のキクの仲間 Chrysanthemumではありません。わが国では、私たちがよく見る野生キクの花色は純白又は黄色で、花にはキク特有の芳香が強くあります。この芳香成分が薬効なのでしょう。
薄紫色のヨメナやユウガギクには芳香は有りません。ユウガギクの和名の由来となった柚香菊ですけれど、殆ど柚の香りは感じたことはありません。
ヨメナは、嫁が好んで摘んだからとか云われています。
民間薬としては乾燥したヨメナを解熱、利尿剤として利用されています。
また、春には10センチ程度の若芽、新葉を採取して、茹でて水に晒し和え物、お浸しにして食べられています。
昔は身近な植物として、ヨメナやノコンギクは利用されていたのだろうと想うのです。
作者の近くには、沢山あったであろうと想えるので、作品の中の「野菊」とは、ヨメナかノコンギクではないかと私は思っています。
こう思えば,やはり成東へも行ってこなくちゃぁ・・・・・ならないわねぇ。
学 名:Aster yomena
科 名:キク科
生 薬 名:ヨメナ
利用部位:全草⇒夏に採種し、水洗い後、そのまま使用するか,日干しして保存。
薬 効:薬理作用やその乞うかについてはの詳細は不明ですが、民間的に清熱、
解熱、等の効果があることはよく知られており、解熱、解毒、止血薬と
して用いられています。(吐血、鼻血、創傷の出血、咽頭炎等に。)
使 用 法:一日量、10~20gを煎じ手服用します。
成 分:・全草に精油のオクチル酸、セスキテルペン、セスキテルペンアルコー
ル、ジペンテン等を含有。
・若芽にカリウム、ナトリウム、マグネシウム、リン,鉄などを含みま
す。
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